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【コラム】3000文字チャレンジ【ゴール】

たった今私の3000文字チャンレンジがスタートした。

前回は平成だったかな。この企画はとても面白くて発案者のこぼりたつやさんには敬意を表したい。

さて、今回のテーマは「ゴール」。

真っ先にイメージしたのは駅伝やマラソンでゴールテープを切る選手の姿だ。早速だが、私はマラソンがあまり好きではない。小学生の頃学校ではマラソン大会が毎年のように開かれていた。苦痛だった。

かといって成績が悪いわけでもない。40人中10位とか。なんなら良い方だと思う。どちらかというと短距離で瞬発力を試すのが好きな私は持久力をつけることが苦手だった。マラソン…といえば、この話になるかな。

なぜ苦手なマラソンでまぁまぁ成績を残せたか。それは当時「なぜか知っていたおばさん」の存在だ。「マラソンおばさん」にしとこう。

私には通学を毎朝共にする親友がいた。その友人の知り合いだったかな。町内会が同じだったのは覚えているが正確な関係性は全く覚えてない。今思えば誰だったんだ。あの「マラソンおばさん」は。女子小学生だった私たちにマラソンを教えてくれた。それもどういういきさつでそうなったのかもあまり覚えていない。とにかく、おばさんと、親友と、私の3人でマラソン修行がスタートしたのだ。

『スッスッハー』で一定のリズムが良いんよ。とおばさんは教えてくれた。3人で走りながらリズムを合わせる。おばさんはマラソンが趣味だったのかな。確かに、それまでがむしゃらに走っていた私は呼吸がラクになったような気もした。そして距離は伸び、タイムは縮んでいった。結果としてかなり成長したと思う。

それから秋の季節は、3人で近所を走ることが習慣になっていた。記憶が定かではないが、何年間かその”修行”は続いた。気がつくと思いのほか走ることが好きになっていた自分がいた。人は成長を感じる時ほど楽しくワクワクすることはない。おばさんも教えがいがあったと言わんばかりに満足げだった。と思う。

5年生になったときくらいか。マラソンの練習は自然消滅した。本当に覚えていないんだけど3年間くらいしかなかったはずだ。それもどうやって終わったのか、そしてあのおばさんは結局誰だったのか?30歳を目前にした今でも分からない。

当時おばさんは何歳だったんだろう。推測だが40代くらいだった気がする。あれから20年くらいか。

今、「マラソンおばさん」はどこで何をしているんだろう?

失礼だが、御存命なのかすら分からない。生きてるとすれば70歳くらいだろうか。(失礼な話だが)

秋のひんやりとした空気を感じるとふと思い出す。正体不明の「マラソンおばさん」が教えてくれたこと。一緒に走ったこと。走ることが苦手だった私を大きく成長させてくれたこと。もっといろんな話しもすればよかったな。あの頃の私は、ただただ意味もわからず3人でマラソンの練習をしていた。学校でもなく塾でもなく親でもない存在が、私には心地よかった。

 

マラソンと同じくらい苦手なスポーツがある。「水泳」である。

私はカナヅチで、全く泳げない。本当に全く。その理由は今でもはっきり覚えている。夏休みに行った友達と友達のお母さんとプールで溺れたこと。幼少期のトラウマってものすごい粘着質。今でも鮮明に思い出せるんだから。

マラソンとは違い、苦手というよりはまずそもそも泳ぎができない。泳ぎ方を知らないし。ビート板があれば浮いてられるくらいだ。そんなもんだから、当然(?)学校の水泳の授業は休んでた。毎回理由をつけて、会議室で算数のドリル。給食前の私の塩素臭くなさといったら。また今日も休んだのかとバレる。毎回そんな風にやり過ごしていた。

そしてあの算数ドリルの時間の孤独さといったら、ない。孤独さというか疎外感。当たり前だが卒業アルバムの写真もプールのシーンは1枚も私は写っていない。友達になんで休むのか聞かれるのが苦痛だった。「泳げないから」なんて言えないし、適当な言い訳でその場を乗り切るのがやっとだった。ましてや運動神経は良い方だったから。不思議に思っていたことだろう。

人生で初めての”ズル”だったのかな。真面目な性格だったし、そりゃあ罪悪感もあった。算数のドリルっていっても監督の先生は行ったり来たり…。体力を激しく消耗する水泳とは裏腹に、なんて呑気な時間を過ごしていたんだろう私だけ。みんなには申し訳ない。みんな、あの時はゴメン。

おっと、テーマから大幅にズレていた。そうそう。

マラソンも水泳も必ず”ゴール”がある。

始まりがあれば終わりがあるということ。二つとも、自分との戦いがキーポイントの競技だ。どれだけ自分を超えられるか。算数のドリルなんかよりもずっと孤独で、辛くて、でもゴールした後の達成感は誰にも味わえない。

ゴールの前にスタートの前に、選手自身の努力や練習の背景がある。本番は己との戦いだけれど、その背景にはたくさんの仲間や友人や家族が関わっているだろう。サポートしてくれる人間が存在する。

それは毎日を共にするコーチや監督でもあるし、見知らぬファンからの励ましだったりする。成長の支えはいろんなカタチがある。

少しクサイけれど、人生と似ている気がする。

今の自分があるのは今の自分がこれまでに走ってきた人生があるからだ。しかし一人では無理だった。天涯孤独な人もいるだろうけど、一人で生まれてくることはできない。スタートの側には絶対に誰かの存在があったはず。

人生のスタートは自分では決められない。でもゴールは決められる。なぜだろう?自ら終着点を決めてしまう人間もいるし、まだまだ走り続けたいのにも関わらずあっけなくゴールが訪れてしまう人間もいる。今タイムリーな話題をあげれば、水泳の池江璃花子選手が病と闘っているが、退院のニュースが飛び込んできた。2020オリンピックでメダルを狙うという。

なんて強さなんだろう。

人それぞれに走り方も違えば、何キロになるかもわからない。人生ってよくわからない。個人戦だけど、でも一人じゃない。まだ人生30キロの中間地点の私だけど、それなりに楽しく走ってこれた。

ゴールはいつになるかわからないけれど、まだまだ走り続けたいと思う。タイムが良くなくても。つまづいても、途中で歩いても良い。私自身一人では無理だったから、今度は誰かの背中を押せるようにもなりたい。心地よく、別に関係性なんてどうでも良い。マラソンおばさんみたいに。

マラソンおばさんはもう走り切ったのだろうか?それともゴールはまだまだなのかな。この先の人生でもう一度出くわすことがあったら、あの時はありがとうとだけ伝えたい。(こんなこと書いてるけど元気バリバリかもしれないからこの辺にしておく)

 

ここで私事だけれど、今私には一人の人間の命が宿っている。いつ私もゴールになるかわからないしこの文章も良い機会だ。

生命の誕生はなんとも不思議だ。

彼(彼女かもわからない)の人生はもうすでに始まっているんだと考えると興味深い。いや、まだスタートではないのかな?準備運動の段階か。

ゴールはどうなるだろうね。私もだけれど。どちらにしても楽しく走ってほしいし、泳いでほしい。そして周りのサポートを心地よく感じてほしい。ゴールテープは私が先に準備しておいてあげるから、とにかく走り切ってほしいと思う。

アナタのゴールはいつだろう。30年後か、10年後か、明日かもしれない。

 

さてさて3000文字チャレンジのゴールも近い。

 

アナタが素晴らしい汗を流して、ゴールすることを願っている!

 


#3000文字チャレンジ 「ゴール」

参考:3000文字チャレンジ「平成」

 

 

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DJやきいも
北海道在住。20代アラサー主婦。メンタル改善とマインドチェンジをテーマにビジネスから恋愛まで幅広い知識をご紹介。他にも自身の妊活記録やコラムなども公開中。